Friday, September 26, 2008

王さん お疲れ様でした。


私の少年時代は野球ばかりしていました。広場で子供が集まって草野球をする毎日。小学校3年生の時には隣の横浜市緑区のリトルリーグチームに入団し中学1年まで続けていました。その後は中学校に野球部がないことが理由でやめてしまいましたが。一番最初に憧れたのは間違いなく「王貞治」でした。当時「大洋ホエールズ」が本拠地にしていた川崎球場によく親父が連れて行ってくれたのをよく覚えています。もちろん目の前で「王選手」のホームランも見ました。当時の巨人は「王、張本」のクリーンナップが主力でした。残念ながら、長島さんはもう監督になってからしか記憶がないです。近年はアメリカで活躍する日本人プレイヤーが増えたので日本人選手はアメリカでも有名ですが、それまでの時代のアメリカは日本人プレイヤーといえば「サダハル・オー」しか知らないのです。でもほとんどの人が知っている名前です。凄いことですよね。野茂がアメリカへ渡る前まではアメリカで有名なスポーツマガジン「スポーツ・イラストレイテッド」の表紙を飾った唯一の日本人です。そして写真の宝物は、私の親父がひょんな事から「王さん」と仕事をすることになり、もらってくれたサインボールです。1992年とありますので、ダイエー(現ソフトバンク)の監督になる前ですね。丁寧にサインをしてくれて「努力」と入っています。40代以上に方には「気力」と入れるそうです。ん。。深い。。その後も毎年、実家に直筆の年賀状が届いていました。近年ではWBC優勝監督が思い出深いですね。感動しましたよあれは。その後、胃ガンを克服し復帰しましたが、体力面できつかったのだろうと思います。非常に残念なニュースですが、お疲れ様でした。また今後のご活躍を楽しみにしています。//最後にWBCの監督でもう1度優勝させてあげたかったな。